Friday, October 31, 2008

Happy HALLOWEEN!!!





Happy HALLOWEEN!!!

ジェイクのその後・・・

ビルの背中のど真ん中には、ジェイクという名前の小さい膨らみがあって、18歳くらいからつぶれてはまた膨らみ・・・の繰り返しの粥腫"カユシュ”という脂肪の固まりがありました。以前にもここで書いたように、背骨の真上にあるしという理由で、少しでも手術をすることでビルに危険な要素があるのならと、取り除くをためらっていました。直径2cmくらいのぶよぶよした固まりのジェイク。5cmまで膨らむ人もいるということでしたが、細菌が入るといつでも破裂準備OKのジェイクに、そろそろいなくなってもらおうと、私の前の仕事先のお得意さんであった「まとばクリニック」で 除去してもらいました。
縫ったのは実際3針で、手術もたったの15分足らずで終わりました。膨らみを切り取るだけでなく、皮下の脂肪袋ごと取り除いてもらうのです。大きめのイチゴくらいのサイズのものがビルの体の中から出てきました。

そして、これが今現在のビルのジェイク亡き傷跡。きれいにへっこんでます。脂性の人に多い症状ですけど、簡単に取り除けるので、なんとかしたいと思っている人にはお勧めです。料金も安いし。
バイバイ、ジェイク。もう帰ってこなくていいからね。

Sweet Roasted Corn & Hot Cider

Sweet Roasted Corn & Hot Cider

Sunday, October 26, 2008

BAD systems!

日本でもアメリカでも夫婦別姓でいたので、そろそろアメリカの永住権もあることだし、あとあと別姓だと問題が出てくるから(確定申告とか家購入とか・・・)ビルの姓に変えるかーと思って、Social Security Office(社会保障事務所)に行った。ここはつまりは、日本でいうところの市役所とか区役所とかにあたる政府関係のところ。

それにしてもアメリカっていう国はとにかく待ち時間が長い長い2005年に結婚したときに、Social Security Office に行った時なんか、たっぷり2時間も待たされて私の順番が来たと思ったら「永住権を取った後でないとダメ」と言われ(しかも実際行く前に確認の電話をしていたにも拘らず)今週頭に再度、2時間たっぷり整理番号が呼ばれるのを待って、パスポートに貼り付けてある仮の永住権(本物の“カード”は6週間~6ヵ月後に送られてくるらしい)を見せて「苗字を変えてください」と申請した。そしたら「カードはどこ?あぁ、これが仮の永住権?そしたら結婚証明書が要るけど?」とあっさり言う。私がイライラしながら「この永住権は、アメリカの政府が私たちの結婚証明書などをもとに発行した正式なものです。これが結婚していることを証明しています」とクレームしたけど、取り付く島もない。それで更に食って掛かろうとした私を抑えてビルが「次回来るときに結婚証明書を持参するだけでいいんですね?」と念押ししてくれ、わざわざ1時間くらいもかけて車で来た小旅行は意味もなく終わった・・・。

そして、昨日の金曜日。オンラインでプリントした申請書に必要事項を書いて、結婚証明書とパスポート(仮の永住権付)を持って、意気揚々と一人で‘三度目の正直’とばかりに Social Security Office に出向いた。またまた1時間半ほど待って、ようやく私の番号が呼ばれた。前回のおばちゃんに言われた必要書類を、その別の担当者のデスクの上にどうやとばかりに並べて、その人がプロセスしてくれるのを待った。そしたらそのジジイまでもが「これではプロセスできない。本物のカードを見ないことには何も出来ない」と平気で言う。「カードが送付されるまで何ヶ月も待たないといけないんですよ。それまでに確定申告が出来なかったらどうするんですか?家を買いたかったら?」「それはそれでしょうがない」と言われてしまった。「前に担当してくれた人は後は結婚証明書を持ってくるだけだと言っていた」とイライラして言うと「それは知らない」と返してくる。結局‘二度あることは三度ある’に終わってしまった。何回も遠いトコロまで来させるような煩わしいことをするな!必要なコトは一回で言え!!!ここでの出来事だけでアメリカ全土を恨んだ (`Д´) ムキー!

そして近くの DMV(陸運局)に、私が持ってたカリフォルニアの運転免許証からNYの免許証に変更する手続きをしに行った。既に電話で必要書類の確認をしていたので、抜かりはないはず・・・と Social Security Office での嫌な一件が忘れられるように祈った。整理番号が呼ばれるまで数十分ほど待って、担当者のカウンターへ行くと「なぜ社会保障証の名前が結婚前の名前のままなの?」ときた。「だーーかーーらーー!」と、もう少しで汚い言葉を使いそうになりながらも、事情を説明すると、上司を話し合いながら、二人はどう処理していいか分からない様子。最終的にはプロセスしてくれたけど、待ち時間の長いこと、長いこと ヾ(*`Д´*)ノ"

ムカムカしたまま、帰り道にあった携帯屋さんに入って、携帯本体のモデルを見たいと言うと、どこからどう見てもネットサーフィンしてた20そこそこのヤンキーチックな店の子は「ネットで見れるからネットで見たら?」と私をチラリと見て言った (;-_-) =3 フゥ ここまで来るとどうでもよくなってくる。



これが日本やったら!!と目じりを上げたまま、私のストレスだらけの一日は終わった・・・ 凸(`△´#)凸

Monday, October 20, 2008

アメリカ入国

とうとうアメリカに来てしまった・・・。日本での滞在は4年半と長いようで、早かった。最後の最後まで荷造りをしていて(前もってするというのが出来ない性格)、結局ビルのお父さんと妹のダンナさんのジョンにあげるつもりの酒類は重すぎて、スーツケースから取り出す羽目に。その空いたスペースに代わりといってはなんだけど、ビルに頼まれていたユニクロで買ったジーパンたちを入れて、そしたらスーツケース2個はパンパンのパンパンに。それで私の機内持ち込み手荷物が、予定してたリュックからローラー付きキャリーバッグになってしまったくらい、なぜか荷物は多かった。しかも、スーツケース1個につき23kgまでと制限があるノースウェストのカウンターで重量超過料金を取られてしまった(27kgと29kgだったから・・・)/(´o`)\オーノー!!


前回乗ったとき、サービスに満足いかなくて、機内&その後メールでクレームをしたけど(そして「もうノースウェストには乗らない!」と、そのノースウェストに断言したにも拘らず)、関空発アメリカ行きがあまり選べない状況にあって、またノースウェストを利用した。あの時はただ単にイライラが最高潮にあって、いつも以上に腹が立ってしまったからか、今回はいいCAにめぐり合えたからか、前回の短気を反省しつつ、何の問題もなく乗り換え地のデトロイトへ。

まずデトロイト空港に降り立って最初に思ったのが「外国人ばっかり~」だった ┌゚□゚;┐ガーン!! アメリカに居ると私が外国人の立場であるけど、いろんな国籍・民族のミックスのアメリカでは、あんまり《外国人》の定義がない気がする。極端な話、帰化なんかしてアメリカ人になったものの英語が喋れない人だって居るし・・・。

当初の予定では私の猫のハイディをアメリカに連れて来るつもりで、狂犬病の予防注射もうったり必要書類を集めたりしてたけど、よくよく考えてみれば、待ち時間合わせたら飛行機にまる1日も乗って、よく分からん場所に連れて来られたと思ったら、よく知らん人たち&別の猫と生活することになって、慣れたかも?と思ったころには私たちがマイホームを購入して、また引越しして・・・と、なんてクレイジーと思ったときに、今回連れて行くのを止めようと思った。次回私たちが家を買って、落ち着いたころに私の両親が日本から訪ねてくるときに、ハイディを一緒に連れてきてもらうことになった。それまで、トカゲのシッポを千切って遊んだり、蛾取りをしたりして、日本での生活を楽しんでもらう。

航空券を取った時は、ハイディを連れて検疫検査をするつもりだったから、乗り換え時間を余分に取ってたのが必要なくなって、3時間半という長時間を持て余してしまう。


そして、デトロイトを発ってNYのラガーディア空港へ。窓側に座ったんで、空の上から自由の女神もエンパイアステートビルも、ニューヨークメッツのホームスタジアムであるシェイスタジアムも大きく見えた (o._.)o ドレドレ・・・ NYのマンハッタン近辺に行くには二つの空港があって、国際線空港のJFKと国内線空港のラガーディア。もし、日本からアメリカのどこかで乗り換えてNYに来る人にはラガーディアがお勧めです。マンハッタンのすぐ近くを飛んでくれるから、NYの摩天楼がよ~~~~く見える。しかもNY行きは左側の席・日本行きは右側の席に座れば大都会の景色が楽しめます


そしてビルに迎えに来てもらって、久々にビルの実家である
ロングアイランドに来ました。途中お腹が空いていたのでWendy'sに寄って食べ物をゲット。アメリカはほとんどのファーストフード店内が非常に汚い。食べこぼしとかナプキンとかストローとかいろんなものが床に散らばってる。日本のようなサービス精神さは、こういったチップの要らない店内では見られない。ただでさえ最低賃金で働いてるから、客にお愛想を振舞う必要がないということ。ちなみにチップがいる飲食店は、テーブルに座ってウェイトレス/ウェイターが来て注文を取ってくれるようなトコロ。こういうチップ制のトコロは打って変わって、客に気に入られればその分チップ(飲食代の15~20%)も弾むので、めちゃめちゃサービス旺盛。


に着いてから夜の10時頃、シャンプーやらを買い忘れたことに気付き、ビルは既に布団の中だったので「じゃ、行って来るわ~」とビルに大まかな行き方を聞いて、10~15分くらい離れたドラッグストアに
一人で車で向かった。私はアメリカの運転免許証を持ってはいるけど(カリフォルニアに居たのでカリフォルニアの免許証。アメリカは州ごとにシステムが違うから、免許証も州ごとの陸運局に発行してもらう)アメリカでの運転はほぼ4年振り。日本とは反対の左ハンドル&右側走行になるので、運転中もFMを消して「右・右・右・・・」とつぶやきながら、運転に集中した。なんせ夜だったので、案の定道に3回も迷ってしまったけど、無事目的地のドラッグストアまで到着。買い物をして家に帰ったときには、ちょっとした達成感があった・・・。

久々のボーリング

ビルがNYの実家の造園で仕事している間、
私はお兄ちゃん家族とボーリングにやって来ました!!3歳の弟の初ボーリングの様子をこっそり見守る5歳の兄
Kidsの番になると、レーンの両サイドからフェンスのようなものが現れるので、ガーターになることがない(事前登録要)。
結局みんなが二桁のスコアという、散々の結果に・・・。

下の階にあるゲームコーナーが気になる二人

Monday, October 13, 2008

More Fall Fun On The Farm

Saturday, October 10 2008

"Handy" paper towel dispenser!!
....AND salt and pepper holder!
Uncle Neri takes the wheel on the magic hay ride.

Mandy, John, Allie, and I say CHEEEEEEESE PUMPKIN!
Allie

Allie
Allie
Allie

ALLIE!!!!!!!!

Magic Hay Ride

I like to dream yes, yes, right between my Deer machine

On a cloud of hay I drift in the night

Any place it goes is right

Goes far, flies near, to the farm away from here

Well, you don't know what we can find

Why don't you come with me little girl

On a magic hay ride

You don't know what we can see

Why don't you tell your dreams to me

Fantasy will set you free

Close your eyes girl

Look inside girl

Let the hay take you away

Last night I held Aladdin's lamp

And so I wished that I could stay

Before the thing could answer me

Well, someone came and took the hay away

I looked around, a lousy tractor's all I found

Well, you don't know what we can find

Why don't you come with me little girl

On a magic hay ride

Well, you don't know what we can see

Why don't you tell your dreams to me

Fantasy will set you free

Close your eyes girl

Look inside girl

Let the hay take you away,

J. Kay, W. Borella

みさと天文台 - Misato Observatory -

和歌山の紀美野町にある みさと天文台に、友達の堀越さん夫婦に夜の観測に連れて行ってもらいました。今まで行きたかったのに、天気が悪い時が多くてチャンスがなく、今晩は月が明るくて他の星が見えにくくなっていましたが、初めての巨大望遠鏡を通して、空のロマンが体験できたので、すごく楽しかった。

 木星 

太陽系で一番大きな惑星。岩・金属で出来ている地球とか火星と違って、木星は水素・ヘリウムのガスで出来ていて、写真の横じまはガスの層というわけです。ということで、地面というものがありません。一見なだらかに見える表面も実はデコボコと凹凸が激しいらしい。大赤斑<ダイセキハン>と呼ばれる台風の目のようなもの(写真の左下)が有名で地球二つ分の大きさもある!!木星の横じまは変化しているのに、過去300年もこの大赤斑が見られているらしい。24時間かけて自転する地球と違って、10時間で一周するから早い早い。

今の時期やったら、南西に見える明るい星が、木星ですよ♪

 月 

そして、ご存知の月。地球の衛星だけあって近いし、天体望遠鏡では大きいし、太陽の反射でとにかく明るい。まぶしかった。いん石の衝突で出来たクレーターがい~~~~~~っぱい確認できた。月には大気がないらしい。

ついこの前の2008年10月7日に地球に接近しているいん石が確認されたらしい。それは、アフリカのスーダンに向っているとのことで、そのいん石は地球の大気圏を通過するときに粉々になったので、ドスンということはなかったにしろ、小さな破片は降ったかも??

そして驚いたのが、私がした質問への回答:

気軽に「地球に向かって大気圏を軽々通過してしまう大きめのいん石っていうのは、地球側からミサイルで撃ち砕くんですか?」と聞いた。

研究員の返答にビックリした。というのも、映画の「ディープインパクト」や「アルマゲドン」の世界はあくまで映画の中だけであって、実際は地球に大きないん石が接近していても、2008年・今現在ではそれの対策がないらしい!つまりは見てるだけ。地球が滅亡するだけの巨大ないん石が衝突したことがなかったというラッキーさだけで今まで来ているとか・・・。ちなみにご存知のように、太古に恐竜が絶滅したのは、地球にいん石が墜落して、その衝撃で地表のチリが空に舞い上がり、太陽を長年に亘って隠し、そのうち氷河期が訪れたり食べ物が育たなかったり・・・というのは有名な説。

もし、大気のない(ストッパーが一切ない)月に少しでも大きないん石が衝突して月が無くなるなんてことになってしまったら、地球上の重力が狂うやろうし、潮の満ち引きがなくなってしまう。地球に対する月の影響は大きくて、「潮汐力は生命の誕生や進化に影響を与えていたのではないかと考えられている。例えば最初海から出た生物は、意図的に陸上に上がったわけではなく、大きな潮汐作用によって引き起こされた引き潮で、陸地に取り残されたところから進化が始まったのではないか」と言われてるし、「月は地球の地軸の傾きを安定させていると考えられ、もし月がなかった場合には地球の地軸の傾きは現在と比較して劇的に変化し、それに伴って激しい気候変動が発生することや、またそのため生物が現在のように発達できなかった可能性も指摘されている」とあって、

月が滅ぶ=地球の滅亡の可能性が高い

ということが、今晩よーーく分かった。勉強になった~~~~。

Friday, October 10, 2008

エジプト4日目

3泊目のイシス・アイランドと言うホテルはナイル川に浮かぶ小島のイシス島全体がホテル。アスワン市街へはホテル専用ボートで移動する。例のごとく 超早起きして朝食(どこもバイキング形式。甘いパンの種類が多い)を終わらせると、 広い庭を散歩。小道沿いにはめちゃめちゃ香りのいい花のなる木が並ぶ。テニスコートとかミニゴルフとかがあるけど、早朝でもジリジリと太陽光線が暑くなりかけてて、散歩してる人がほとんど居てなかった 
キョロキョロ(¨*)(*¨)キョロキョロ









さらに歩いて行くと、けたたましい声が聞こえてきて、近づくとホテルの端の方にひっそりと動物小屋を発見!勝手に「ホテル内の動物園」と呼ぶ。
♪(。・-・)从(・-・。)♪
これがエジプトでは一般的なトイレ。私たちが慣れ親しんでる楕円型でなく、四角。そして、横には必ずウォシュレットが付いてる。ホースだけのトイレもあれば、こんな感じのしっかりしたのもある。新しいもの好きの私でも、よー試さんかった・・・。


アスワンハイダム
毎年夏に氾濫していたナイル川のお陰で雨のないエジプトの土壌も栄養分いっぱいに潤っていたものの、人口が増加してくると支障がきたすようになったので、洪水をコントロールするために、1901年アスワンダムが作られた。でも、この規模のダムでは役目不十分だったので、1964年にソ連の協力のもと、大きなアスワンハイダム(クフ王のピラミッドの92倍!社会の時間にも習ったコトがあるらしい、私はすっかり忘れてたけど・・・)が完成。このダムが壊れると、カイロの町が約3mも水没してしまうくらいの、デカさ。大規模のおかげでエジプトの農業用水と電力が確保されたけど、洪水がなくなってしまったせいで、ナイル川下流まで養分が運ばれなくなって土地が痩せてしまったのと、水の蒸発により生じた雲からの雨で遺跡がピンチらしい・・・。一難さってまた一難。

アスワンハイダムは軍事機密区らしく、カメラもズーム撮影がダメとか書いてたわりに、この軍人さん、私がカメラ向けると注意するどころか、何気に微笑んでカメラ目線してくれたんですけど・・・。

警察がチップ乞いしてきたり、頭で「??」がチラホラする。こういう国では、きっと疑問に思ってはいけない気が段々してくる "o(-_-;*) ウゥム…
エジプトの警察と軍隊の人たちは、チャラチャラなのがすごい印象深い。バスに一人必ず乗ってくる警備の人は真面目なエリートって感じ。彼らは給料もかなり違うらしい。

砂漠の砂。とにかく!粒子が細かくて白くてサラサラ&キラキラ☆
私は日本に居る時から、エジプトの砂を持って帰ってくるぞと ジップロック持参でこの時を待っていた!(さながら甲子園球児) 
他の人たちは、飲み終わった水のペットボトルに入れてた。頭いい~。みんなが各自 結構な量の砂を持ち帰って、この国の砂は確実に毎日毎日 大量に無くなってるけど、いずれは持ち帰り規制されてしまう日も来るんやろうか・・・?



殿
スーダンとの国境まで50kmとエジプト最南端にある巨大神殿。南からの侵入者を威嚇するために建てられた。建造者はラムセス2世。

ラムセス2世とは→→
古代エジプト文明上 一番実績あり・武勇伝ありのファラオ。日本の織田信長・豊臣秀吉、モンゴルのチンギスハーン、ハワイのハメハメハ大王・・・くらいすごいファラオの中のファラオ。古代エジプト人男性の身長が160~165cmだったところ、ラムセス2世は183cmもあり、平均寿命が35~40歳のところ、彼は88~92歳まで生きたし、200人の子どもがいたという、ツワモノです。

↑ ラムセス2世のカルトゥーシュ ↑

彼のミイラは明後日行くカイロ博物館(エジプト考古学博物館)で展示されている。20世紀後半に修復&調査のためにフランスに行ったとき、ラムセス2世のミイラのために、エジプト人用のパスポートも支給されて、

職業欄は「ファラオ」だったらしい(笑) \(*´▽`*)/

ラムセス2世と第一王妃のネフェルタリ




4体中 左から2番目の像は頭が崩れ落ちていて足元に転がっている。4体ともラムセス2世像で、左→右が青年期→老人期と叙々に表情が違うらしい。





よ~く見てみれば・・・













確かに目の大きさと
おでこの広さが違うかも・・・







ラムセス2世がヒッタイトと戦って勝利したと言われている

「カディッシュの戦い」



















巨大でとにかく鳥肌もの。

ヾ(゚ー゚ヾ)~アッチヘフラフラ・・・
~(ノー゚)ノコッチヘフラフラ,,


ここは私のエジプトガイドブックの表紙でもある、超有名観光地。

長年この神殿は砂に埋もれていて、時と共に忘れ去られたところ、19世紀に出入り口を発掘した探険家によって発見。彼はインディ・ジョーンズのモデルになったとか、なってないとか。 どっちや!ヾ(-д-;)

さきほどのアスワンハイダムの建設時に水没の危機に瀕し、ユネスコによって救済されたことでも有名。1963年、世界中から3000人の技術者が集まって5年の歳月をかけて、1036のブロックに解体されて、遺跡丸々60m高台に移された大ニュースがきっかけで、世界文化遺産に登録された。

そしてすごいのは、神殿の一番奥(65m)にある至聖所にある4体の座像

一年に2回決まった日に朝日が右から3体を順番に照らしていく。一番左は闇の神様なので、暗いまま。右から2番目の神格化されたラムセス2世を照らしている時間が一番長いらしい。決まった2日とは:
2月21日→ラムセス2世の誕生日
10月21日→ラムセス2世即位の日

すごすぎる。ただ、ユネスコが解体・移築したときに、その日にちは2月22日&10月22日に変わってしまったということです。それでも古代エジプト人の数学力がすごい・・・  ヽ(*゚O゚)ノ スゴイッ!!!

アブシンベル小神殿
ラムセス2世が最愛の妻ネフェルタリに捧げた神殿


←写真の右の外はねスタイルの人がネフェルタリです。






↑ ラムセスとネフェルタリ ↑

ツアー客たちとアブシンベル大神殿前で集合写真。写真代¥1,000をケチって写真の写真を撮らせてもらいました。右に居るおダンゴの添乗員さんが一番かわいかったりする。

そして、最寄のホテルまで夕食を取りに帰りました。観光客はアブシンベルでは宿泊する人が少ないらしく、観光地であるにもかかわらず、ホテルはたったの2つ-セティとネフェルタリ。私たちが泊まったネフェルタリは・・・今までが5つ星ホテルにお泊りさせてもらってたので、気持ちが贅沢になってしまっていたのか「あれ?他と違うな~」という印象が拭い切れなかった。(最後にH.I.S.から渡されたアンケートにも「ネフェルタリ・アブシンベル以外のホテルは満足されましたか?」だったし)

そして、忘れもしない「トイレ事件」・・・。まず、行った時には停電で暗めの中ランチを食べて、そして水道も止まってて。そのうち電気が戻って「さて部屋に行ってトイレでも」と水を流そうとすると、流れない。ノブが軽く動くだけ。あれ~と思って、すぐ横の洗面台を確認したけど、細くチョロチョロ~っと茶色いお湯が出るだけ。停電は30分も前に解消されてるのに・・・と、部屋の前を通った現地エジプト人の係りの人に尋ねた。その人は観光地にしては珍しく英語も日本語も一切喋れないスーパーエジプシャンだった。アラビア語が喋れない私は必死にジェスチャーでトイレまで来てもらい、水が出ないんですけど~と伝えてみる。アラビア語オンリーで説明してくれるおじさんは、何の迷いもなく、私の尿が浸る便器に手を突っ込んで、その中の使用済みのトイレットペーパーを掴み取ってゴミ箱にベチャっと捨ててくれて「OK、OK!」と親指グーをしながら超笑顔で去っていった。しかも手首まで私の尿が付いたにもかかわらず、自分の服で拭きながら・・・。ドアまでおじさんをお見送りして、(今のは一体?そして何がOK!なんだ?!とグルグル考えながら)かなりビックリして呆気に取られてしまった・・・。強烈な印象を残していった~~。恐るべし係りのおじさん!

そのホテルはお庭というものもなかったので、特にすることもなく(テレビもアラビア語チャンネルしか映らんかったし)さっさとロビーに行ってみる。案の定誰もいない!ひたすらボーっとしてると集合時間前にチラホラツアー客たちが集まってくる。何人かに今起こったトイレ事件を伝えたら(ずっと誰かに聞いてほしかった!) 「へ~、それは良い経験をしたねぇ」と。まぁ、《良い経験》か。

その日の最後は、アブシンベル宿泊客しか見れないという、アブシンベル神殿の35分の音と光のショーへ。

昼間は気付かなかったけど、アブシンベル大小神殿の前にコンクリートのベンチ席があって自由に座って、3250年前に建造された遺跡をスクリーンとして投影させる映像を迫力音楽&日本語ナレーション付きで見るというもの。(その夜その夜で過半数の客の母国語-日本語、英語、ロシア語、スペイン語、ドイツ語、フランス語、アラビア語の7ヶ国語-をメインとしてナレーションされる。その夜は日本語だった。ラッキー。それ以外の人はイヤホンで聴く)歴史とユネスコ移築の様子を説明してくれる。

楽しんでる人たちが多い中、私は3250年も前に作られた世界遺産を商業に使ってるのがイヤやな~と正直思いました。音と光のショーをしてるのはアブシンベルだけではなく、





ギザのピラミッド・カルナック神殿・ルクソール神殿でも光のショーがある。

この頃、唯一持参していた目覚ましが壊れ、100均で買った時計にアラーム機能なんてもちろんなく、iPodのアラームの使い方もよく分からず、電話でのモーニングコールに頼るようになる。
旅も半分を過ぎて残すはあと3日・・・ (*'O'*)お(*'∇'*)や(*'・'*)す(*'ー'*)み♪